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神社を知る 第五回 「2月11日 建国記念の日にはどんな意味があるのですか?」



誰にでも誕生日があるように国にも誕生日があります。日本国の誕生日は、国史『日本書紀』に、「辛酉(かのととり)の年春正月、庚辰(かのえたつ)の朔(ついたち)、天皇橿原(かしはら)の宮に即帝位(あまつひつぎしろしめす)。是(こ)の歳)(とし)を天皇の元年と為(な)す」と記されています。中国の漢代から盛んになり我が国に伝来した未来を予言する讖緯説(しんいせつ)では、十干十二干支(じっかんじゅうにし)の「甲子(きのえね)」の年が政令が改まる革令(かくれい)の年、「辛酉」の年は王朝が変る革命の年とされ、干支(えと)の一巡(60年)を「一元(いちげん)」、二十一元を「一蔀(いっぽう)」と云い、この年は国が起こるとされています。推古天皇(すいこてんのう)9年が辛酉の年で、これから一蔀1260年遡った年が『日本書紀(にほんしょき)』に記された日本国成立の神武天皇(じんむてんのう)紀元元年となります。

 文明開化の一端として明治5年に採用された太陽暦(グレゴリオ暦)に換算すると、神武天皇即位の年が西暦紀元前660年2月11日にあたります。このことから、明治6年3月7日太政官布告第91号によって国の誕生を祝う「紀元節(きげんせつ)」と定められました。しかし戦後、昭和23年、「国民の祝日に関する法律」で紀元節が廃止され、国民のアイデンティティの源である国の誕生日が無いという不幸な状態が以後凡そ20年にわたってつづきました。これを憂う多くの国民の熱心な運動によって、昭和41年にようやく祝日法が改正され、2月11日が「建国記念の日」として祝日になりました。しかし肝心の「紀元節」の名称を採用しなかったため、気の抜けたラムネのようになってしまいました。

 今年、日本国は紀元2665年を迎えました。世界中で建国以来神話から続く一つの王朝をいただきこれほど長きにわたって存続している国は日本国以外にありません。今、混迷する国際社会の中で、日本は国家としてのアイデンティティの確立が強く求められております。自己確立の第一歩は親と生れを知ることから始まります。これは国も同様で、私達は日本人としての誇りを取り戻すためにも、改めて紀元節本来の歴史的意味を理解しなければなりません。

 2月11日には、神武天皇を祀る橿原神宮を始め全国の神社で日本国悠久の繁栄を祈って紀元祭が執行され、国旗を掲揚し氏子有志による奉祝行事が行われています。是非参加して国民としてのアイデンティティ確立につとめましょう。


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